猫のつぶやき(ここが故郷)
今年は長年上方で暮らした幼馴染が顔を見せるというから、何はさて置いても行かねばと、暮れから心待ちにしていた。
会場の選択は、目まぐるしく変わる社会情勢に連動するように苦労を伴う。あっちの草むらこっちの草むら、皆マンションが制し、食事の準備をする母子の声が暖かく漂う家の軒下は心なしか引けてしまう。それやこれやで、今年はお寺の床下を拝借することにしたのである。
風もなく暖かな日であったが、夜になると冷え込みは例年通りであった。大きな柱は風よけにもなり、基礎石は高く、乾燥した床下の土はほんのりと昼間の暖かさを残していた。
「やっぱ 故郷はええなあ」
関西弁独特のトーンが周りを和ませた。何年ぶりかで見る顔は、皆を即座に子供時代へと連れていった。
「故郷のことを思うと 力が湧いてくるんや どんな時もな」
彼の脳裏にある故郷とは……僕は今も考え続けている。
親の顔も知らず、人間の気まぐれに翻弄されながら、その日を生きれるだけのわずかな食糧を求めて繋いできた日々。その故郷が力となって生きて来たと言う友の顔をじっと見た。
「みんなと遊び疲れて………その夜のねぐらが見つかると嬉しいてな………腹いっぱい水飲んで寝たわ」
話は一時も止まることはなかった。やがて、皆で肩を組みながら笑い転げた。大なり小なり似たような経験を持つ僕等は、だんご兄弟のように一つになった。
引っ越し先の大阪へ一緒に連れていってくれた今の飼い主に感謝しているという。しゃあけどどこにおっても生まれ育った故郷は身体が覚えとってな、ここはめっちゃ好きやし、ええとこや。
住めば都というけれど、身体が覚えていると強く連発する彼の故郷がここであることを皆んなが喜んだ。
故郷を思う仲間と故郷を守る僕等とそして僕等を守ってくれる全ての生き物の安住を願って、2016年の「猫万歳新年会」はおひらきとなったのである。
故郷は 遠きにありて思うもの………ゴン
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