猫のつぶやき(無常ということ)


6BC05777-CAF8-4C65-BDA6-05FD78113FFC.jpeg

6BDE1841-778A-4862-8E5F-B7F9F212B069.jpeg


苗木から育てた名も知らない庭の木が私の背丈を超えるまでには、半世紀もの春秋を家族と共に味わったのである。

猫の額ほどの庭で、逞しく美しい姿を誇り、その場所で根を張り、風雪にもぐっと踏ん張ったのだ。


今年の夏は異常とも思える酷暑であった。その酷しさのせいか葉が一部分ずつ色あせていき、やがてひと枝ずつ枯れていくのです。

まるで人生そのものを見るように、ものの哀れ、自然の摂理、まさに無常を知るのである。


鴨長明の「方丈記」の冒頭にある 「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」 と言う一節は深い感慨を誘う。


何もかも全てのものが変化し、そして失われていく。「無常観」は、明日への夢ではなく、今日という時間、今在ることの意味、自分という存在、ここに在る自分という生命。
ほんのひと時、そんな思考の中で行ったり来たりする日々である。

人気ブログランキング

この記事へのコメント