猫のつぶやき(かきがらを捨てる)

28B1F7F8-83B2-42D8-B9B8-33CE9BD9DA92.jpeg 明治維新からわずか37年後に極東の小さな国日本が、軍事大国ロシアの南下を食い止めるために、多くの犠牲を出したにもかかわらず、奇跡ともいえる勝利をやってのけたのが、「日露戦争」である。

その戦に大きく貢献した四国松山出身の 秋山好古と秋山真之の兄弟のことが、鮮やかに描かれ、放胆であってじつに緻密であり、男の在るべき一つの規範的な存在ではないだろうかと、勝手に想像し過大評価もしている。この時代を背景にして書かれた、司馬遼太郎の「坂の上の雲」八巻 は、新型コロナウイルスと言う見えない相手との戦争を逆手に、ステイホームをこれ幸いとじつに無心にさせてくれるありがたい本であった。

ここに登場する兄の秋山好古は、「男子 生涯に一事をなせば足る」と言う。その言葉が何故か私の心に心地よくおさまっている。
彼が言うからこそ、うなずけるのだろうか。

兄好古は陸軍、弟真之は海軍と、揃って優秀な才を発揮した。弟真之は海洋航海から帰ってくると、牡蠣殻が船の底へいっぱいくっついていて、速度が落ちる。人間も同じで、経験は必要じゃが、経験によって増える知恵と同じ分量だけのかきがらが頭につく。知恵だけ採ってかきがらを捨てると言うことは人間にとって大切なことじゃが、老人になればなるほどこれができぬ。人間だけではない国も古びる。かきがらだけになる。 と言った。

何気ない描写であるが、実にうなずけるのである。馬齢を重ねただけで、たいした経験も知恵も持ち合わせぬ私でさえ、かきがらが随分くっ付いているに違いない。残りわずかな距離を充分納得して通り抜けたい。大海原のその果てへ。


人気ブログランキング

この記事へのコメント