猫のつぶやき(アベノミクスとコンテナ)

 私は鉄道ファンと言う訳ではないのだが、乗るのも見るのも好きである。 2012年12月26日の第二次安倍政権に於いて、「三本の矢」を柱とする経済政策が表明されてからというもの貨物列車の最後尾が通過するまでじっと見る癖がついた。コンテナの数を数えていくと、ついつい見逃してしまい、スピードについていけない悔しさを繰り返しながら、それで…
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猫のつぶやき(令和3年に)

2020年と言うコロナに明け暮れた年が去ったけれど、依然として居座るコロナは、人類の滅亡の始まりのようにさえ思えてくる。 地球上のすべてのものに与えられた公平を、人間の欲と嫉妬の鬼塊となって、傲慢に独占した罪に、天が痛い罰を下したのかも知れない。 目に見えない恐怖に疲弊してゆく現実に、じっと耐える強い精神力を持った者こそが勝…
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猫のつぶやき(自分は自分で守る)

82歳なんてどう見たって老人ですよ。ところで、個々人が自分を老人だと思っているかと言うと、いやいやなかなか。 面倒なことや都合の悪いことには「もう歳だから」と、上手く歳を利用して言い逃れをする。かと言って「若い人にはかないません」と言いながら、口数だけは叶いすぎる。 誰かの手助けがいる様になって、はじめて己の衰退をまざまざと実感…
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猫のつぶやき(映画の思い出)

色々な映画を見た。そして感動した。グッと胸を突き上げる思いに夜も眠れなかったこともある。 美空ひばりの「リンゴ園の少女」は校則に逆らってクラスの女子ばかり5〜6人で夜道を黙々と歩いて町の小さな劇場へ出かけた。翌日登校すると校長先生に厳しいお叱りを頂戴したが、映画の感想を全員が熱のこもった顔で説明したことで、「規則」だからねと言われ…
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猫のつぶやき(葉付き人参)

畑から今採って来たばかりの葉付き人参を頂いた。スーパーでは決して買えない香り豊かな高級品である。濃い緑の葉は、虫一つ食った形跡はない。人参独特の匂いのせいなのだろうか。 さて、人参葉でどんな料理をしようか。 子供の頃に母が作る人参の葉料理が嫌だった。昭和20年8月15日の終戦を7歳で迎えた私でしたが、食べ物で不平不満など…
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猫のつぶやき(喫茶店にて)

クリスマスツリーが店のあちこちに飾られ、早々とクリスマス気分を誘う。ひなびた茶店の片隅は、私のお気に入りの場所である。この椅子に腰掛けると、じわじわと脳が稼動し始める。思いつかなかったアイデアが突然具体化したり、勝っていた筈の将棋が負けに転じたことの訳など、思いもしなかった解決をみるのである。 窓の外を過ぎる人も車も、皆モザイ…
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猫のつぶや(暮れの気忙しさ)

師走の声を聞くと、なんとなく気忙しい気分になる。戸棚や押し入れの整理、たいした意味のない領収書や写真など、毎年毎年やってきたはずなのに、高齢者の烙印を頂戴してこのかた、相変わらず暮れは忙しい。  私はこの気忙しい気分が好きである。色々理由を手繰ればそれなりの理由があるのだけれど、この暮れの忙しさの中に、いつも母の姿が蘇るからだ…
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猫のつぶやき(読書の効用)

〜 武者小路実篤の「友情」に始まり、「愛と死」、「真理先生」「人生論」など徹夜して読みあさった。実篤の作品は多種多様であるが、一貫して言えることは全ての作品がわかりやすく、明るく前向きな文章であることです。  15、16の躍動感溢れる年頃に、「武者小路実篤」に心酔したことが、人生の最大の指針を植え付けることとなった気がしてならな…
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猫のつぶやき(青い空、白い雲)

  青い空、白い雲。  スイスイ泳ぐよ、僕らのヨット。 母になって最初に買った子供への本の1ページは、今も忘れもせず鮮明に思い起こせる。昨日は何を食べたのかも曖昧であるのに、半世紀以上も前のことは、海馬の奥底にしっかりと記憶されているのも驚きではある。 母親…
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猫のつぶやき(雑草の歌・16・・・よもぎ)

何という一年であったのでしょうなあ。令和2年も目出たく明け、此処を通る人の足音も実に軽やかでしたのに、コロナと言う厄介な新型ウイルスのおかげで、世界中が大混乱ですわなあ。鉄道沿線のこの僅かな空間でさえも陰鬱な雰囲気が伝わってきます。 2020年(令和)2年の幕開けは、誰の顔にも新鮮な心持ちが吹き出しておりましたよ。私らもつられ…
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猫のつぶやき(雑草の歌・15・・・コバノランタナ)

いつぞや「ランタナ」の紹介をしましたなあ。ランタナによく似た花で「コバノランタナ」と言うのがその斜面を飾っておりますです。 ランタナにとてもよく似ておりますがね。ランタナよりその名の通り葉が小さいんですわ。耐寒性、耐暑性に強いし、その旺盛力は目を見張るものがありますなあ。ほれ、綺麗じゃありませんか。わたしゃこの花を見ておりますと、…
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猫のつぶやき(雑草の歌・14・・・おしろい花)

秋も深まりましたなあ。ずっと気になっておりましたが、今日は何としても白粉花の紹介をせにゃなりません。夏から秋に咲く花でしてね、今なら間に合います。ほれあのようにまだ頑張って咲き続けておりますよ。小さな花ですが、沢山の花数は、本当に見事と言うしかありません。彼女たちは夕方から咲き始め、翌日の午前中くらいまで咲いておりますよ。南アメリカ…
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猫のつぶやき(雑草の歌・13・・・背高泡立草)

10月も10日を過ぎると、さすがに秋だなと実感できますなあ。この沿線でも秋を待っていた草花が、次々と花を咲かせ、時々の主役を交代しておりますよ。このところ毎晩大合唱して笑いころげているのは「背高泡立草」ですわ。まだ蕾の方が多いようですが、秋の日差しをうんと吸い込んで、いまに鮮やかな黄色で埋め尽くします。すらりとした背丈の彼女たちがゆ…
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猫のつぶやき(雑草の歌・12・・・ススキ)

昨夜の月は、さすがに中秋の名月でしたなあ。美しいとか、綺麗だとか、そう言う表現では何がしら足りないと思いましたよ。ちょっと見ではなく、まあせいぜい5分なりと目を逸らさずに眺めておりますと、背中の方がぞくっと音をたてて崩れてゆくというか、ぞっとするほど凍りつくと言うか、現生の己の中にある「あく」を晒されているような感覚になりました。今…
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猫のつぶやき(雑草の歌・11・・・ランタナ)

9月も終わりますなあ。この沿線も、年中と言っていいほど季節の花で何時も賑わっておりますが、特に夏から秋へと咲き誇る花はどれも皆情熱的で、私らのような老いぼれでも、年などすっかり忘れさせてくれますよ。 人様の手を煩わすこともなく、自分の力を振り絞って生きるこの花の健気さは、此処に生きる私どもだけに通じる誇りです。 鉄道沿線は、…
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猫のつぶや(雑草の歌・10・・・丸葉縷紅草)

秋は人をやる気にさせる季節だとおっしゃいましたなあ。そうです、私たちもあの熱射の夏を乗り越えまして、まあこれでまたもう一年は生き延びるぞと、希望に震え立つんですわ。生きて何がどうなると言うものでもありゃあしませんが、枯れ果てたこの身がやがて粉塵となって風に乗るか、雨に押し流されて土に帰るか。それが自然の摂理でしょうからなあ。 兎に…
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猫のつぶやき(雑草の歌・9・・・黄花コスモス)

新型コロナウイルスに翻弄され、人々の日々の暮らしぶりも変わりましたなあ。 此処・・・鉄道沿線に沿った道を通る人達や、車の行き来だけで判断している訳じゃないんです。私どもには、流れる風や人間の微妙な表情でおおよその事はわかります。特殊な感性を持ってこの世界に存在しておりますんですよ。 人間が言葉を持ち、無意識のうちに喜怒哀楽を…
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猫のつぶやき(雑草の歌・8・・・ノウゼンカズラ)

台風10号も大きな被害を振りまいて朝鮮半島へ向かいましたなあ。もうじき秋の出番です。 鉄道沿線にも、また季節が色々変化を置いていきます。あの、鉄柵の辺りをごらんなさいな。オレンジ色の何とも可憐じゃあありませんか。葛(かずら)のようにぐんぐん成長して、夏から秋にかけて花を咲かせます。お天道様と、たっぷりの水さえありゃあ、呆れるほ…
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猫のつぶやき(雑草の歌・7・・・テッポウユリ)

安倍晋三首相がお辞めになるのだそうですねえ。7年8ヶ月と言う長い間のご苦労は、筆舌に尽くし難いものと思いますよ。  明治維新と言う大きな革命をやってのけた志士達の情熱が、安倍晋三その人に受け継がれたのだと私は思っておりますよ。 彼のレガシーは、これから先、じわじわと国民は感じることだと思いますよ。拉致問題や、憲法改正を、出来なか…
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猫のつぶやき(雑草の歌・6・・・オナモミ)

地球上何処も変わりましたなあ。日本の夏も、浴衣掛けで家の前に打ち水をしたり、井戸の天然水でスイカを冷やしたり、縁台で夕涼みがてら将棋を指すお爺ちゃんたちの周りを取り囲む子供たちのキラキラした目の輝き、思い起こせば遠い懐かしい思い出になりました。クーラーの排気で街は熱風と、地球温暖化で異常気象。どう考えてもあの頃の風情は二度と戻らんで…
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猫のつぶやき(雑草の歌・5・・・カラムシ)

 朝日の昇る光景は、老いぼれた私でも何やらちょっとばかり未来を夢見ることが出来る最高の時なんですわ。強い日差しの中で、しょげかえっていた草木が、ほれ、あのように背筋をピンと伸ばして、元気を取り戻していますでしょう。いやいや、私は彼等にずいぶんと励まされておりますよ。  このような猛暑でさえ整然として緑の葉を鮮やかに広げ、この日差しの強…
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猫のつぶやき(雑草の歌・4・・・葛)

 この沿線の草木は、そりゃあもうどれこれ言うまでもなく皆強かに生きております。 何処から来たのか、どうやってこの地に自分が根付いたのか、そんなことはどうだっていいことで、今日をどう生きるか、今何をしたらいいのか、ただそうやって懸命に命を繫いでいるのです。 見てくださいよあの葛(かずら)の凄まじいパワーを。彼等は、山の大木でさえも息…
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猫のつぶやき(雑草の歌・3・・・エノコロ)

 子供の頃によく目にしたり、手にとって遊んだ経験があるでしょう、あの猫じゃらしですがね。猫が戯れ遊ぶあれですよ。名前は『エノコログサ』と言いますが、何だか今ずいぶんとお騒がせの(コロナ)を連想してしまいそうですよねえ。犬の尻尾に似てると言うことで 犬っころ が エノコロ になったらしいですわ。そう言われてみると、無性に可愛くなりますわい…
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猫のつぶやき(雑草の歌・2・・・露草)

 鉄道沿線に生きる私どもの仲間は、そりゃあかなりの種類でぎっしりと埋め尽くされておりますよ。それぞれの特徴は違ってはおりますが、桐の、私が代表して言わせてもらえば、彼等はこのような厳しい環境にあっても、誰も頼らず、何ものへも期待せず、そして誰をも恨まず、自分の限りを尽くして生きているということです。  人間の靴の下敷きになろうが、…
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猫のつぶやき(雑草達の歌・1・・・桐)

『この道はいつか来た道・・・・・・』   北原白秋の歌が自然に口をついて出てくる朝の散歩道である。 いつか来たのではなく、日常的に行き来するこのコースは、何気なく通ればただの鉄道沿線に沿った通路でしかない。 ある日、足元で何かが触れたと思い立ち止まった。 「ん?」  「時には、この道沿いに生きる私どもにも目をやって…
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猫のつぶやき(守るということ)

何が何だか訳のわからぬ時代になったものだと痛感する。地球上がコロナに食い尽くされようかとさえ思える恐怖も少しは緩和したかにも見えたのに、またもやさらなる不安を掻き立てる懸案事項で、いつも曇天のもとにいるようで気の晴れることもない。コロナだけなら何とかなるが、尖閣諸島周辺の不穏な状況や、はたまた多くの嫌悪感を撒き散らす捏…
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猫のつぶやき(やはり野におけレンゲ草)

 生まれ育った環境の中で、人はそれぞれが持つ資質を活かして成長していく。 小器のなかで人の手厚い愛情を受け、芸術作品で賞を受ける盆栽の松もあれば、大地を抱え込んで自由奔放に伸びゆく松もあるようにである。 樹齢何千年という屋久島杉も、樹齢1000年にもなろうかという盆栽の松も、一つの種から大地を目指したのだ。 「美」 という感覚…
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猫のつぶやき(歌を忘れたカナリヤ)

ブログを始めて、かれこれ10年目となる。私の人生を表現する方法として、これほど役立つものはかつてなかった。誰彼にではなく自分自身の今日在ることの実像の中に、日々浮かび上がった思いを編む事は、充実と希望、そして深い反省の中に自分を置くことでもあった。  始めたばかりの頃、毎日書いた。書くことでやっとその日に終止符が打てた。 1…
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猫のつぶやき(未来を繋ぐ梯子)

 「緊急事態宣言」も解除となった。これでやっと元に戻るということではなく、これを機に人の在り方や考え方など、一度リセットして、これまで気づかなかった自分の長短に、じっくり向き合うのも良いかなと思う。  ふり返れば、結構長い年月を生きたものだ。しかし、本当にそう思っている訳でもなく、何しにこの世界に誕生したのかさえ、今もって答え…
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猫のつぶやき(かきがらを捨てる)

 明治維新からわずか37年後に極東の小さな国日本が、軍事大国ロシアの南下を食い止めるために、多くの犠牲を出したにもかかわらず、奇跡ともいえる勝利をやってのけたのが、「日露戦争」である。 その戦に大きく貢献した四国松山出身の 秋山好古と秋山真之の兄弟のことが、鮮やかに描かれ、放胆であってじつに緻密であり、男の在るべき一つの規範的な存…
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猫のつぶやき(忍耐から得る)

今私たちが直面している新型コロナウイルスは、目に見えない敵と人類との戦争である。 それでも、どこかで楽観視する者も多く、死と向き合う危機感は感染者当人だけの実感であろうか。 目にした書物の中から、心に響いた箇所をメモっておく習癖があり、時に気の向くままに読み返してみる。その中に、今この時期だからこそ「ん?」と目を止めた部分をここ…
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猫のつぶやき(珍客)

夏目漱石の「吾輩は猫である」は、私が生まれる33年も前の処女作である。そして80年もの世の変遷を経て、この「吾輩は猫である」が、再び現実となったように、我が家へ猫がやって来たのである。 「吾輩は猫である。名前はまだない。」と言う冒頭の文章を地でいくように、唐突に現れたのである。 痩せていて警戒心が強く、何処から来たのか、毎日の餌は足…
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猫のつぶやき(テレビと言う恐怖)

十人十色という。それはそれで当然のことだと納得をするが、それにしても最近のテレビの放映では、どの局もあまり大差ないのはどうしてだろうか。それぞれの個性というものが感じられない。タレントが数人で旅をすれば、似たような事を別の局でもやっていると言う風で、製作者のあまりの創造力の無さに驚嘆そる。また、総じて全ての事に批判的な発言をする…
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猫のつぶやき(戦争)

D 世界中が新型コロナウイルスと戦っている。今まさに戦争である。 先の戦争中のことは、幼なかった私の脳裏に、70年以上の時を超えても思い出せることがある。記憶というのは、実に不思議なもので、火山の噴火でできた山が、長い年月の風雨で削り取られ、その芯をなすものだけが際どく残り、まるで元の姿とは違った形をしているように、余分な形容の…
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猫のつぶやき(待つ母へ)

 母さん、貴方の娘を今日そちらへ送りました。此方では突然のことで誰もが一瞬言葉を失ないました。時が次第に冷静をくれ、失意の中にも滞りなく葬送の義を終えました。そろそろ其方へ到着かと思います。あと少しで米寿を迎えるはずだった彼女も、母さんの元では年齢など何の差し障りもなく子供に違いなく、果てしない無限の世界で思いっきり褒めてあげてください…
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猫のつぶやき(希望・夢)

異常無しの診断結果は、私にもまだ未来があるのだと胸を張ることとなった。集団健診の結果を見るまでは、何かしらいまひとつ落ち着かないものだったが、やっと今日から厚い冬着を脱いだように春の陽射しが心地いい。 さあさあ、夢の続きを見よう。たかが知れている年寄りの夢、まともに口にすれば一笑に付されてしまいそうだが、心底大事にそれを繋いで…
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猫のつぶやき(生きとし生けるもの)

人間の心とは何なのだろう。何処にどのようにして私の中に棲みついているのだろうか。r 時に優しく時に激しく、あらゆる感情のバランスをとりながら、白黒、善悪、好き嫌いなどの判断を瞬時に区分けしていく。まだこの世に誕生して1歳の誕生日さえ迎えていない幼児でさえ、天使の微笑みを振りまく相手を選択している。 万物の霊長と人…
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猫のつぶやき(ダイヤモンドプリンセスと笹舟)

新型コロナウイルスの拡散もさることながら、曖昧な情報も又世界を一瞬にして覆い尽くす。高齢の域に身を置く私にとって、耳を傾け命の万全を図ることを素直に感じ入る。 ところで、「ダイヤモンド・プリンセス」がアップになったテレビ画面を見ていると、そのあまりの大きさに驚かされる。 全長290.00メートルで、後ろへひっくり返りそう…
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猫のつぶやき(梅観る日)

母さんが僕を連れ出したのか、僕が母さんをその気にさせたのか。意気投合して観梅と相成った土曜の午後である。雨上がりの空はいきなり澄み渡り、お出迎えのつもりか、肌を横切り気分を盛り上げる風は、正に春そのものである。 ああ、言いそびれました。僕は忠太郎と言います。我が家には、30年以上前にこの家のヒーローだった犬のピコちゃん、たった1年…
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猫のつぶやき(椿の花よ明日も咲け)

武家社会では、庭には決して椿の木は植えなかったという。首の落ちる様を連想させるのであろうか。椿の花が見事に咲ききった時、花は花のままで落ちる。その潔さと言おうか、哀れと言おうか、そっと手のひらで包んで 「ありがとう、とても美しかったよ」 と声をかけて送ることしかできない私のはがゆさである。毎日毎日庭の隅に集められた椿の花花は、…
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猫のつぶやき(時代と運)

時代環境が人をつくり、運がその人生を大きく左右していく。ガムシャラに働き、大きく道を踏み外した訳でもなく、自分の分際で生きてきたとしても、こじんまりとしたただそれだけの結果に納得するしかないのがおおかたの人の人生だと思う。 結果など思いもしなければ考えもしなかった日々。それを青春時代と言うなら、その時代こそが、自分の人生の…
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猫のつぶやき(日出づる国の立春の朝)

v 地球儀をくるっと一周回転させながら、日本という国の位置や大きさや人口などをふと考える。情報通信の目覚ましい現代にあって、遙かなる幻でしかなかった国々の人と暮らしまで鮮明な映像は教えてくれるのだ。地球の果てまで行った気にもさせてくれる。 地球儀をゆっくり回転させる。何と小さな日本。なんと可愛い日本。一億三千万の人生を背負って立…
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猫のつぶやき(メディアの怖さ)

たまにはテレビでものんびり見ようかとスイッチを入れた。お歴々が雛壇に並び、提示されたことにそれぞれが意見を言うのだが、実に口達者ではあるが、中には聞いているだけで不愉快になり、その人の人間性も嫌気がさす。大学の先生と言うから一層驚く。 女性の権利や不平等を主張するかと思えば、壇上の人たちの意見すら何でも可でも否定し、小馬鹿にしたよ…
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猫のつぶやき(令和2年)

松も取れ本格的な令和2年が起動する。いい年にするぞと下腹にぐっと力を入れてみる。 そうやって奮起を促す年の初めを何度繰り返してきたことか。具体的な人生の指針などあったのやらなかったのやら、今にして思えば実に曖昧でしかなかったようにも思えてきて、凄まじいほどに迫ってくる老いの現実に戸惑いを隠せない。 自分の人生なのだと、解ったような小…
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猫のつぶやき(English)

Once upon a time という英語を、やたら使ってみたい時期があった。ふと思い出してあの頃の自分を引き戻してみたくなった。どう見ても育ちのいい女教師が、once upon a time と流暢な発音で読み上げる英文は、美しく魅力的であったが改訳出来るほど予習も復習もしていない私は、教師の目をかわすこと必死だっ…
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猫のつぶやき(2019年よ・ありがとう!)

令和元年が暮れて行く。大晦日と、元日。24時間の差が人間の思いに大きな違いを作り出す。 いろいろあったけれど、何とかこうして大晦日まできたことに感謝と反省が錯綜する。365日間の区切りと思えば、おのずと来た道を振り返ってみる。 「今年は・・・・・・・・」 身の丈に似合わぬほどの夢を描き、歳を忘れたような希望を抱いた年の初めであった…
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猫のつぶやき(時間の無駄は出来ない)

2019年も終りが近ずいた。終ると言う言葉はどうも神経を刺戟する。これも年齢によるものでしかない。 世相や環境で感情は日々変化を繰り返し、些細な屈託だけが何時までも影を残す。 「人生五十年」と言われた時代も遥か昔となり、今は八十、九十は珍しくもなくなった。地球の誕生が45億年まえであり、私の誕生は80年余り前であり、年金暮らしの始ま…
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猫のつぶやき(ゴンに逢いたい)

「ゴン 母さんは今日この道を歩いて往復したよ」 ゴンが長い間通院した道の端には、小さな花を咲かせて一生懸命に生きている草木が、あの頃を思い出させてくれました。辛く苦しいゴンがケージの中からこの小さな風景を見る余裕など無かったのだと、今さらながら痛感し、自転車の後部で揺れながらじっと苦しみに耐え、治療への恐怖を母さんにだけしか聞…
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猫のつぶやき(図書館)

こもれびを追いかけるようにして席をかわり、雲の流れが止まりやっと今日の指定席を確保した。ガラス越しに見る図書館の周囲は、いつも見慣れた単調な風景だが、どこかしっとりとした懐かしさを感じる。 精神の集中が為せるせいか、街の喧騒を鮮やかに洗い落し、自分だけの思考の「場」であり「時」であることに、この上ない喜びを痛感する。 ぽつぽ…
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猫のつぶやき(うたかたの人生ならば)

鴨の親子はゆっくりと水面を移動し、時折 頭だけ水に隠しては餌をついばむ。その愛らしい仕草に暫し足を止めると、離れていた親子の距離はあっという間にひとかたまりになる。 飽きることのない風景は、その場を離れても尚私を暖かく包んでいた。人間の生きざまに、感動するほどの出会いも最近は減ってしまったが、他の生き物に関しては彼等がただそこに在る…
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