猫のつぶやき(形あるものは壊れる)

いつも通る道路沿いの大きな家が解体されてゆく。広い庭で見事なバランスを見せていた樹木や、季節ごとにあざやかな色合いや香りを放ち、開け放たれた窓のカーテンが風と遊ぶ風景は、昭和の趣きを残してどこか懐かしい心地よさを感じていた。 時には太陽がいっぱいの庭で戯れる子犬の姿は通りすがりの私を思わず和ませてくれ、知る由もないこの家の住人…
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猫のつぶやき(己と戦い続ける)

2022年の開幕です。新しい年に期待するのではなく、新しい年をどう生きるのかという自分に期待しているのです。マラソンで言えば、35キロを過ぎてそろそろどこでスパートをかけようかと考えているところでしょうか。 ゴールも間近にして焦るのではなく、冷静沈着に自分の在る意味を考え、一分の可能性をも見逃すことがあってはならない。 可も…
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猫のつぶやき(私のゆく年くる年)

*たった一枚になった日めくりカレンダー。毎朝「今日も元気で頑張るぞ!」自分に暗示をかけてめくった364枚。 今夜は最後の一枚に感謝を込めて送ろう。紅白の煌びやかな映像をちらちら見ながら、私の令和三年は終わる。 コロナに明け暮れた年であったけれど、猛スピードで変わるIT社会の中で、大きな喜びや、ささやかな優しさ、様々な感慨…
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猫のつぶやき(師走に)

毎年の事とはいえ、押し迫った暮れの街はなにかしら気忙しい空気が漂っていて、普段気付かなかったことがやたら気になって、あれもしておこう、これも済ませておこうなどと焦る。ずいぶん年を重ねて、そのあたりは要領良くこなしてきたはずなのだが、やはり私も例外ではなく気忙しい。だがその気ぜわしさをどこか楽しんでいる。 12月31日が一年の区切り…
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猫のつぶやき(師走の象徴)

      『ああもう今日は二十日過ぎ、十日経たぬに年もとり       花がまた咲く四月には  三年生に僕はなる       雨が降っても寒くても  休みはせんぞ 精だすぞ』 この文章は、明治37年か8年かおおよそその頃の国語の本の一節である。この通りだったか少し違っているかは定かでないけれど、師走の頃になると母はよくこ…
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猫のつぶやき(私は猫様だ)

人間は私のことを(野良猫)と呼ぶ。それは、飼い猫よりも別物扱いなのでしょうが、私から見れば、彼らこそついに人間の手に落ちたかと、残念に思う。 食べるに不自由ないし、暑さ寒さに知恵を絞る必要も無く、トイレの後始末から遊びの道具、ふりふりの洋服、何から何まで至れり尽くせりの手の込んだ人間の仕様の挙句、遂に猫たるものの基本さえ全く喪…
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猫のつぶやき(夜空に向かって)

日経新聞の『春秋』の欄が好きでどんな大きな見出しの記事より先に読む。今日は双子座流星群の天体ショーのことや、宇宙から地球を見下ろすチャンスが民間人にも開けようという現代、昔の人はどんな思いで星を仰いだのだろうという感慨・ そのような科学技術の進んだ中にあって、ウイルスは次々に広がりを見せる。だが、それでも積み上げた経験と知見で、乗…
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猫のつぶやき(紅葉)

 風で吹き寄せられた紅葉をかき集めながら、共に生きた半世紀を振り返っていた。こんなにも大きく成長するなどと思いもしなかった。じっくりとこの木を眺めている暇などどこにもなかったほど時は疾走した。子の成長と比例して仕事も家事も増え、葉を赤くして秋を告げる紅葉の健気さにもなかなかゆっくりと気づいてあげられなかった。こんなにも綺麗に紅葉して…
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猫のつぶやき(地球は永遠ではない)

我々の棲むこの地球が、宇宙にぽっかりと浮かんでいるという現実。それをはっきりと見ることができるのは地球を飛び出した宇宙飛行士だけである。 遥か45億年前に誕生した地球も決して永遠で不滅ではない。やがて気温が上昇し、地はどんどん砂漠化し、地震や火山の噴火、大雨や台風の荒れ狂う凄まじさは、人間を全く寄せつけず、全ての終焉を迎えるの…
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猫のつぶやき(旧暦)

明治の初めから日本は陽暦を使っているが、それよりまえは、季節のよくわかる陰暦を使っていた。   一月は睦月(むつき)、  二月は如月(きさらぎ)、  三月は弥生(やよい)、   四月は卯月(うずき)、  五月は皐月(さつき)、   六月は水無月(みなずき)、   七月は文月(ふみずき)、 八月は葉月(はずき)、   九…
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猫のつぶやき(100円ショップの前で)

スーパーの100円コーナーを、ぐるぐる見て回るのは結構楽しいものだ。こんなものまであるのかと、思わぬ品に出くわすたびに、何だか100円では申し訳ない気になって余計に買ってしまう。 そんな時私は決まって、戦後間もない小学校や中学校の頃を思い出す。 物の無い時代だった。運動靴も一クラスに2〜3足の配給で、くじ引きで当たった者だけが申…
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猫のつぶやき(文化の日)

「文化の日」 それは1948年(昭和23年)に制定された日本の祝日である。制定された当時は私が10歳の頃だった計算になる。10歳の自分を思い描くにも、具体的な記憶は何一つ蘇る事もない。それでもやはり自然の中に溶け込んで、毎日を無心に生きていた自分であったことだけは確かである。 「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことが文化…
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猫のつぶやき(秋祭り)

コロナ禍ということで、鎮守の森で行われる神楽は今年も昨年同様中止となった。 急な石段を上り詰めると、笛と太鼓の音は、急に耳をつん裂くほどに澄み渡った夜空を覆い尽くす。やがてその場にも慣れてくると、自分もすっかり溶け込んで、神々の世界、遥か遠い古(いにしえ)へと誘われていく秋祭りの宵。 今年は見られるかも知れないと思いもしたが来年…
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猫のつぶやき(ワンダフルな朝)

   駅前ロータリーを抜けると、国道188号線である。右に向かえば上り,左に向かえば下りである。コロナもなんとか終息の兆しを感じるせいか行き交う車もかなり多い。乗用車、トラック、バス、タクシー、バイクに自転車と、その車種を見るだけでも楽しい。目ま苦しい風景を眼下にしながらモーニングを頂く気分は、「戦後」と言われた時代をくぐり抜けたわた…
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猫のつぶやき(秋の夜長に)

秋の日差しは強く、まだまだ衣替えの気分ではない。迫り来る地球温暖化の危機を思えば、「日本の四季」の感覚も微妙に変化していくのかも知れない。          秋を愛する人は、 心深き人              愛を語るハイネのような  僕の恋人                          (荒木とよひさ・作詞・作曲) …
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猫のつぶやき(秋の空)

珈琲の香りを楽しんだあとで、あらためて見上げる秋の空は、あの時代この時代と、行きつ戻りつ、まるでパッチワークのように繋ぎ合わせながら私の何処かにある「心」を開いて見せる。 切り取られたパッチワークの布も、出来上がれば見事なアートとして生まれ変わる。どんな作品となるのだろうかと私はふと思う。それぞれの人生はそれぞれの色で塗られ、…
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猫のつぶやき(来るなら来てみろ!)

「昔は良かった」などと言う程昔が良かったとも思わない。むしろ現代の便利さやグローバルで自由な合理主義など、随分恩恵を受けている。 年寄りが、昔はこうだったとかああだったとか言いたがる。一昔ふた昔、いやいや半世紀以上も時が経てば、明治、大正、昭和は、チョンマゲ時代と何ら変わらぬ一つの器の中に盛り付けられた料理のようになり、やがて「糟…
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猫のつぶやき(狂歌でストレス解消)

   江戸時代末期、長州藩の家老を務めた「村田清風」の狂歌に { 来てみれば,聞くより低し富士の山、釈迦も孔子もかくやあるらん} というのがある。人それぞれの見方があり、思うこと、感じること,それぞれ皆違って当たり前だが、風刺やひにくを盛り込んだ狂歌独特の面白さはたまらない。 過激な言葉で他人(ひと)を貶したり、罵詈雑言を吐いたりし…
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猫のつぶやき(月の夜)

今日も終わった。部屋の明かりを落とすと、それまで気づかなかった月明かりが、眠らんとする脳を再び起動させた。月の輝きはとても神秘的で、三千世界をじっと見下ろしているのだと思うと、思わず姿勢を正し、瞬時に今日の自分を振り返るのでした。 一人、また一人と旅だった人の面影を鏡のように映し出し、涼やかな風に揺らぐカーテンでさえ、何かを私に告…
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猫のつぶやき(どうにかしなければ)

     「どんなにつらくても決して泣かず、またけっして      「どうしようもない」と言ってはいけない・・・・・       兄が息を止めた朝にも、母が亡くなった晩にも、唇       をぐいと引き結んで悲しみに耐えました。       ・・・・・・・・・でも、どうしようも無い とさ       え言わなければ、人間は…
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猫のつぶやき(オリンピックが終わって)

コロナの居座る中で開催されたオリンピックが終わって、何かしら寂しい。あの興奮、あの熱狂、、あの歓喜に光る涙の美しさ。 私は全てのアスリート達に金メダルを上げたいと思った。 開催直前まで「中止」すべきだと言い続け、「命」を守れなどと誘導戦術をふりかざしたメディア関係の思惑は外れた。アスリート達が、「開催に漕ぎ付けた全ての関係者…
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猫のつぶやき(オリンピック)

コロナ禍で開催されたオリンピックは、誰が何と言おうがやはり大きな感動に包まれている。世界のアスリート達の努力の結果が、金、銀、銅で賞せられはするが、メダルが取れなくても、この晴れ舞台を勝ち得ただけでも、どれほどの苦闘を乗り越えてきたことか。見る者に伝わる純粋な歓喜は、未来への光である。  第18回東京オリンピック(1964)がアジ…
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猫のつぶやき(ゆく川の流れのように)

インターネットが一般的に普及し始めた1996年から、時代は目まぐるしい変化をした。その勢いは人々の暮らし方や、考え方までも変えていった。 世界が常に身近にあり、どのように些細なことにも、自分の意見がツイートできて、その反応すらも返ってくる。衣食住は勿論、メイクの技術、ファッションのセンス。もう都会と田舎に大した違いはない。パソコン…
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猫のつぶやき(夢は儚く)

夢を見ることも、あまりなくなった。理由は、色々と思い当たるが、寝る時間も起きる時間も、おおよそ定まっていないことにもよるのかと思う。 睡眠には、「レム睡眠」と、「ノンレム睡眠」とがあり、「レム睡眠」は眠りが浅く、「ノンレム睡眠」は眠りが深いのだそうだが、それが交互に訪れ、レム睡眠のときに夢を見るのだと言う。 高齢もあまり意識せず…
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猫のつぶやき(貴重な一刻)

会社勤めを卒業し、さまざまな拘束から解き放たれた時、背中にもしや羽が?と思える程の不思議な快感が走った。あれから10年以上の歳月が、正に立板に水の如く流れ去った。自由の羽は、我が意のままに大空を滑空出来るには違いないが、常に自分と対峙し、次なる絶対的拘束の鎖は、これまでにも増して己の操縦に慎重を強要する。 細い産道を一人でくぐり抜…
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猫のつぶやき(一杯の珈琲)

  夜明けは早い。カーテンを通して私を呼び起こす光の凄まじさに、深い感動を覚えながら迎えた今日の始まりであった。 小鳥の澄み切ったさえずりも、「おはようございます」と声を掛けて通り過ぎた見知らぬ青年も、私の今日という日を心地よく過ごせた要因であろうか。 洗濯物を干し、植木鉢の仲間に挨拶がわりの水をやり、掃除機を唸らせる。これ式の…
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猫のつぶやき(鉄は熱いうちに打て)

プラットフォームで列車を待っていると数人の学生が階段を降りて来た。見上げるほど背は高いが、少々あどけなさの残る顔からすると、高校生に違いない。私の前をニコッと微笑んで通り過ぎた。私はいい気になってニコッと精一杯のお返しをした。 たったこれだけのことではあるが、その一瞬の出来事が、私を大いに奮起させることとなった。 彼等はどうやら…
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猫のつぶやき(憂鬱の根源)

  コロナ、雨、黄砂、なんともやりきれない鬱陶しさ。だが今朝の日差しは眩しく、草木の緑を際立たせている。そんな風景は何よりの恵みだと今更ながら実感する. 失われかけた「希望」と言う晴れがましいことばが戻って来たようで朝から嬉しい。 「歳なんて関係ない」 あえてそう思うのも歳のせいだが、正に改めてそう思うのだから間違いなく元気が出る…
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猫のつぶやき(広いっていいのかなあ)

学校の帰りに本屋へ寄って、ちょっとばかりただ読みをしていた学生時代。終戦から10年足らずの頃の本屋はいつも学生服の姿が多かった。「本屋」は学生にとって最高のステイタスであったように思えた。静かななかにもそこには萌えるような夢と希望が満ち溢れ、多くの可能性を見出す場所であった。 欲しい本は山ほどあったが、その表題や著者を見るだけで結…
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猫のつぶやき(母の日)

毎年息子から届くカーネーションで「母の日」を知る。1905年にアメリカから始まったとされる「母への感謝の日」が広く世界に広がり、日本では昭和22年(1947)に「母の日」と決められたというが、私はまだ9歳の頃で、盆、正月、祭りだけが、特別な日であった。 テレビもない時代であったから、今ほどの情報も届かない田舎で、カーネーションを母…
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猫のつぶやき(照る日曇る日)

黒雲は遠くの山を少しづつ消していき、通り雨は空中の塵埃を包み込みながら、草木に優しくささやき、若葉は艶やかな光沢で応える。 「今泣いた鴉がもう笑う」 と子供の単純さを失笑したものだが、この今の空模様のようだと変なところで結びつけてしまうほど、降ったり照ったりを繰り返している今日である。 空模様の変化は、人間の心に大きく作用し…
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猫のつぶやき(私の決め事)

世に貢献しているわけでもない一人の高齢者にすぎない私は毎日が休日である。それでも土曜日が来ると、茶店の片隅で1時間ばかりの時を過ごすことが私の決め事である。だから土曜日は待ち遠しい日である。拘束されることのない自由気ままな暮らしは、誰もが望む環境に違いないが、社会の一員であるからには、糸の切れた風船のようにはいかない。 自分だ…
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猫のつぶやき(国立国会図書館)

 日本国内で刊行された蔵書を、全て収集して後世に残すと言うことが国立国会図書館の使命である。現在では約4000万点の資料が保管されているのだという。この膨大な原資料を出来るだけ良い状態で保管しておくために、デジタル化事業が進められている。   国立国会図書館なんて我々とは無関係で、一体どんな人が利用するのだろうと漠然とした存在で…
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猫のつぶやき(春うらら)

「それでなにかい、慌ててもどってきたのかい」  大兄ちゃんはそう言って笑った。 「だってね、僕が見つけた僕だけのご馳走が食べられる場所だと思っていたんだもの」 口を尖らして荒い息を吐いた。 「どんな奴だったのか」 大兄ちゃんは驚いた風もなく尻尾の毛を舐め続けている。 桜を愛でる人間が、待ち焦がれた春は、猫の僕ら…
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猫のつぶやき(聖火を守ろう)

地球儀を目の前に置いて、まじまじと見入る。虫眼鏡がなければ探せないほどの小さな日本がやっとそこにあった。  こんな小さな国が、こんな大きな、しかも当時世界一の軍事大国と言われたロシアとの戦争に勝った1905年9月の快挙は、世界をあっと言わせたと言うが、正にその事が日本の存在を不動のものにした最初の大事であったのではあるまいか。 …
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猫のつぶやき(お伽話を聴いた日々)

いつも忙しく働いていた母は、入浴時が最もくつろげたひと時であったろう。まだ幼かった私の背中を流しながら、ある時は昔の尋常唱歌を歌ってくれたり、またある時はお伽話を聞かせてくれた。私にとっても待ち焦がれた母とのコミニュケーションの時間であった。 愚痴を聞いた記憶はなく、平穏で慎ましく幸せであった。 本屋もなかった田舎育ちの母は…
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猫のつぶやき(微笑みの後に)

この喫茶店のこの席は、魔法の席である。 ある時は女学生の私を、ある時は母になったばかりの私を呼び戻してくれる。一人で手繰る思い出の糸は、一杯の珈琲の香りに心地よく引き寄せられていく。 「年を取ったものだなア」・・・・・・ 振り返ることは出来るだけ避けよう、前を向いてぶっ飛ばせ! なんて気合いをかけながらここまで来たはずだった。…
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猫のつぶやき(ガラパゴス・携帯)

今使っている携帯電話を「ガラケイ」と言うのだそうだ。あっちを見てもこっちを見ても、スマートホンを上手く使いこなしている。「ガラケイ」と言うからには 「がらくたの携帯」と解釈していたけれど、「ガラパゴス・携帯」と言う日本だけの略称と聞いて、なるほど、とその略称を銘々した人に感心した。でも、実に健闘してくれたこの電話が、そんな名前で呼…
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猫のつぶやき(母は強し)

1898年生まれの母を1938年生まれの娘は日に何度も思い起こす。何気なく言った言葉もしぐさも、朽ちることのない輝きを放っているからである。ああしろ、こうしろと命令調だったこともなく、手をあげたこともない。だが母の教えはどんな教書よりも私を動かし納得させる力をもって今も居座っているのだから凄い!  「何処そこのお嫁さんは、布団の縫…
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猫のつぶやき(建国記念の日に思う)

公園の梅の花が綻び始めた。昨年も同じ位置で写真を撮り、早い春の気配に歓喜したことを思い出した。2月の風はまだ肌に刺さるけれど、空の青は、この生命が無限であるかのような気分にさせてくれる。部屋のガラス戸越しに見る空の青には限界があるが、今私を取り巻く360度の世界は、コロナ禍であることさえ忘れさせ、夢か現かそれさえも境界の無い異次元の…
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猫のつぶやき(足るを知る)

歳を重ねると言うことは、何もかもが老化し、衰退の一途を辿るのであろうかと、我が身の末路を想像していた。だがここまで来なければ決して知ることの出来ない真理が、霧が晴れるように実感として味わえるようになった喜びは、「足るを知る」と言う言葉の重さを理解したことに通じる。 あれもこれも欲しいものだらけの底なしの欲望。そんな『足りない』だら…
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猫のつぶやき(じっと手を見る)

27歳という若さで逝った石川啄木は、「一握の砂」「悲しき玩具」の2集を刊行したにすぎなかったが、時を超えた今でも折に触れ浮かんでくる。    ※ 東海の 小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる          ※ はたらけど はたらけど 猶(なほ)わが生活(暮らし)楽にならざり        じっと手を見る…
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猫のつぶやき(アベノミクスとコンテナ)

 私は鉄道ファンと言う訳ではないのだが、乗るのも見るのも好きである。 2012年12月26日の第二次安倍政権に於いて、「三本の矢」を柱とする経済政策が表明されてからというもの貨物列車の最後尾が通過するまでじっと見る癖がついた。コンテナの数を数えていくと、ついつい見逃してしまい、スピードについていけない悔しさを繰り返しながら、それで…
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猫のつぶやき(令和3年に)

2020年と言うコロナに明け暮れた年が去ったけれど、依然として居座るコロナは、人類の滅亡の始まりのようにさえ思えてくる。 地球上のすべてのものに与えられた公平を、人間の欲と嫉妬の鬼塊となって、傲慢に独占した罪に、天が痛い罰を下したのかも知れない。 目に見えない恐怖に疲弊してゆく現実に、じっと耐える強い精神力を持った者こそが勝…
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猫のつぶやき(自分は自分で守る)

82歳なんてどう見たって老人ですよ。ところで、個々人が自分を老人だと思っているかと言うと、いやいやなかなか。 面倒なことや都合の悪いことには「もう歳だから」と、上手く歳を利用して言い逃れをする。かと言って「若い人にはかないません」と言いながら、口数だけは叶いすぎる。 誰かの手助けがいる様になって、はじめて己の衰退をまざまざと実感…
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猫のつぶやき(映画の思い出)

色々な映画を見た。そして感動した。グッと胸を突き上げる思いに夜も眠れなかったこともある。 美空ひばりの「リンゴ園の少女」は校則に逆らってクラスの女子ばかり5〜6人で夜道を黙々と歩いて町の小さな劇場へ出かけた。翌日登校すると校長先生に厳しいお叱りを頂戴したが、映画の感想を全員が熱のこもった顔で説明したことで、「規則」だからねと言われ…
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猫のつぶやき(葉付き人参)

畑から今採って来たばかりの葉付き人参を頂いた。スーパーでは決して買えない香り豊かな高級品である。濃い緑の葉は、虫一つ食った形跡はない。人参独特の匂いのせいなのだろうか。 さて、人参葉でどんな料理をしようか。 子供の頃に母が作る人参の葉料理が嫌だった。昭和20年8月15日の終戦を7歳で迎えた私でしたが、食べ物で不平不満など…
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猫のつぶやき(喫茶店にて)

クリスマスツリーが店のあちこちに飾られ、早々とクリスマス気分を誘う。ひなびた茶店の片隅は、私のお気に入りの場所である。この椅子に腰掛けると、じわじわと脳が稼動し始める。思いつかなかったアイデアが突然具体化したり、勝っていた筈の将棋が負けに転じたことの訳など、思いもしなかった解決をみるのである。 窓の外を過ぎる人も車も、皆モザイ…
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猫のつぶや(暮れの気忙しさ)

師走の声を聞くと、なんとなく気忙しい気分になる。戸棚や押し入れの整理、たいした意味のない領収書や写真など、毎年毎年やってきたはずなのに、高齢者の烙印を頂戴してこのかた、相変わらず暮れは忙しい。  私はこの気忙しい気分が好きである。色々理由を手繰ればそれなりの理由があるのだけれど、この暮れの忙しさの中に、いつも母の姿が蘇るからだ…
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猫のつぶやき(読書の効用)

〜 武者小路実篤の「友情」に始まり、「愛と死」、「真理先生」「人生論」など徹夜して読みあさった。実篤の作品は多種多様であるが、一貫して言えることは全ての作品がわかりやすく、明るく前向きな文章であることです。  15、16の躍動感溢れる年頃に、「武者小路実篤」に心酔したことが、人生の最大の指針を植え付けることとなった気がしてならな…
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猫のつぶやき(青い空、白い雲)

  青い空、白い雲。  スイスイ泳ぐよ、僕らのヨット。 母になって最初に買った子供への本の1ページは、今も忘れもせず鮮明に思い起こせる。昨日は何を食べたのかも曖昧であるのに、半世紀以上も前のことは、海馬の奥底にしっかりと記憶されているのも驚きではある。 母親…
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猫のつぶやき(雑草の歌・16・・・よもぎ)

何という一年であったのでしょうなあ。令和2年も目出たく明け、此処を通る人の足音も実に軽やかでしたのに、コロナと言う厄介な新型ウイルスのおかげで、世界中が大混乱ですわなあ。鉄道沿線のこの僅かな空間でさえも陰鬱な雰囲気が伝わってきます。 2020年(令和)2年の幕開けは、誰の顔にも新鮮な心持ちが吹き出しておりましたよ。私らもつられ…
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猫のつぶやき(雑草の歌・15・・・コバノランタナ)

いつぞや「ランタナ」の紹介をしましたなあ。ランタナによく似た花で「コバノランタナ」と言うのがその斜面を飾っておりますです。 ランタナにとてもよく似ておりますがね。ランタナよりその名の通り葉が小さいんですわ。耐寒性、耐暑性に強いし、その旺盛力は目を見張るものがありますなあ。ほれ、綺麗じゃありませんか。わたしゃこの花を見ておりますと、…
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猫のつぶやき(雑草の歌・14・・・おしろい花)

秋も深まりましたなあ。ずっと気になっておりましたが、今日は何としても白粉花の紹介をせにゃなりません。夏から秋に咲く花でしてね、今なら間に合います。ほれあのようにまだ頑張って咲き続けておりますよ。小さな花ですが、沢山の花数は、本当に見事と言うしかありません。彼女たちは夕方から咲き始め、翌日の午前中くらいまで咲いておりますよ。南アメリカ…
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猫のつぶやき(雑草の歌・13・・・背高泡立草)

10月も10日を過ぎると、さすがに秋だなと実感できますなあ。この沿線でも秋を待っていた草花が、次々と花を咲かせ、時々の主役を交代しておりますよ。このところ毎晩大合唱して笑いころげているのは「背高泡立草」ですわ。まだ蕾の方が多いようですが、秋の日差しをうんと吸い込んで、いまに鮮やかな黄色で埋め尽くします。すらりとした背丈の彼女たちがゆ…
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猫のつぶやき(雑草の歌・12・・・ススキ)

昨夜の月は、さすがに中秋の名月でしたなあ。美しいとか、綺麗だとか、そう言う表現では何がしら足りないと思いましたよ。ちょっと見ではなく、まあせいぜい5分なりと目を逸らさずに眺めておりますと、背中の方がぞくっと音をたてて崩れてゆくというか、ぞっとするほど凍りつくと言うか、現生の己の中にある「あく」を晒されているような感覚になりました。今…
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猫のつぶやき(雑草の歌・11・・・ランタナ)

9月も終わりますなあ。この沿線も、年中と言っていいほど季節の花で何時も賑わっておりますが、特に夏から秋へと咲き誇る花はどれも皆情熱的で、私らのような老いぼれでも、年などすっかり忘れさせてくれますよ。 人様の手を煩わすこともなく、自分の力を振り絞って生きるこの花の健気さは、此処に生きる私どもだけに通じる誇りです。 鉄道沿線は、…
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猫のつぶや(雑草の歌・10・・・丸葉縷紅草)

秋は人をやる気にさせる季節だとおっしゃいましたなあ。そうです、私たちもあの熱射の夏を乗り越えまして、まあこれでまたもう一年は生き延びるぞと、希望に震え立つんですわ。生きて何がどうなると言うものでもありゃあしませんが、枯れ果てたこの身がやがて粉塵となって風に乗るか、雨に押し流されて土に帰るか。それが自然の摂理でしょうからなあ。 兎に…
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猫のつぶやき(雑草の歌・9・・・黄花コスモス)

新型コロナウイルスに翻弄され、人々の日々の暮らしぶりも変わりましたなあ。 此処・・・鉄道沿線に沿った道を通る人達や、車の行き来だけで判断している訳じゃないんです。私どもには、流れる風や人間の微妙な表情でおおよその事はわかります。特殊な感性を持ってこの世界に存在しておりますんですよ。 人間が言葉を持ち、無意識のうちに喜怒哀楽を…
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猫のつぶやき(雑草の歌・8・・・ノウゼンカズラ)

台風10号も大きな被害を振りまいて朝鮮半島へ向かいましたなあ。もうじき秋の出番です。 鉄道沿線にも、また季節が色々変化を置いていきます。あの、鉄柵の辺りをごらんなさいな。オレンジ色の何とも可憐じゃあありませんか。葛(かずら)のようにぐんぐん成長して、夏から秋にかけて花を咲かせます。お天道様と、たっぷりの水さえありゃあ、呆れるほ…
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猫のつぶやき(雑草の歌・7・・・テッポウユリ)

安倍晋三首相がお辞めになるのだそうですねえ。7年8ヶ月と言う長い間のご苦労は、筆舌に尽くし難いものと思いますよ。  明治維新と言う大きな革命をやってのけた志士達の情熱が、安倍晋三その人に受け継がれたのだと私は思っておりますよ。 彼のレガシーは、これから先、じわじわと国民は感じることだと思いますよ。拉致問題や、憲法改正を、出来なか…
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猫のつぶやき(雑草の歌・6・・・オナモミ)

地球上何処も変わりましたなあ。日本の夏も、浴衣掛けで家の前に打ち水をしたり、井戸の天然水でスイカを冷やしたり、縁台で夕涼みがてら将棋を指すお爺ちゃんたちの周りを取り囲む子供たちのキラキラした目の輝き、思い起こせば遠い懐かしい思い出になりました。クーラーの排気で街は熱風と、地球温暖化で異常気象。どう考えてもあの頃の風情は二度と戻らんで…
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猫のつぶやき(雑草の歌・5・・・カラムシ)

 朝日の昇る光景は、老いぼれた私でも何やらちょっとばかり未来を夢見ることが出来る最高の時なんですわ。強い日差しの中で、しょげかえっていた草木が、ほれ、あのように背筋をピンと伸ばして、元気を取り戻していますでしょう。いやいや、私は彼等にずいぶんと励まされておりますよ。  このような猛暑でさえ整然として緑の葉を鮮やかに広げ、この日差しの強…
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猫のつぶやき(雑草の歌・4・・・葛)

 この沿線の草木は、そりゃあもうどれこれ言うまでもなく皆強かに生きております。 何処から来たのか、どうやってこの地に自分が根付いたのか、そんなことはどうだっていいことで、今日をどう生きるか、今何をしたらいいのか、ただそうやって懸命に命を繫いでいるのです。 見てくださいよあの葛(かずら)の凄まじいパワーを。彼等は、山の大木でさえも息…
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猫のつぶやき(雑草の歌・3・・・エノコロ)

 子供の頃によく目にしたり、手にとって遊んだ経験があるでしょう、あの猫じゃらしですがね。猫が戯れ遊ぶあれですよ。名前は『エノコログサ』と言いますが、何だか今ずいぶんとお騒がせの(コロナ)を連想してしまいそうですよねえ。犬の尻尾に似てると言うことで 犬っころ が エノコロ になったらしいですわ。そう言われてみると、無性に可愛くなりますわい…
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猫のつぶやき(雑草の歌・2・・・露草)

 鉄道沿線に生きる私どもの仲間は、そりゃあかなりの種類でぎっしりと埋め尽くされておりますよ。それぞれの特徴は違ってはおりますが、桐の、私が代表して言わせてもらえば、彼等はこのような厳しい環境にあっても、誰も頼らず、何ものへも期待せず、そして誰をも恨まず、自分の限りを尽くして生きているということです。  人間の靴の下敷きになろうが、…
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猫のつぶやき(雑草達の歌・1・・・桐)

『この道はいつか来た道・・・・・・』   北原白秋の歌が自然に口をついて出てくる朝の散歩道である。 いつか来たのではなく、日常的に行き来するこのコースは、何気なく通ればただの鉄道沿線に沿った通路でしかない。 ある日、足元で何かが触れたと思い立ち止まった。 「ん?」  「時には、この道沿いに生きる私どもにも目をやって…
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猫のつぶやき(守るということ)

何が何だか訳のわからぬ時代になったものだと痛感する。地球上がコロナに食い尽くされようかとさえ思える恐怖も少しは緩和したかにも見えたのに、またもやさらなる不安を掻き立てる懸案事項で、いつも曇天のもとにいるようで気の晴れることもない。コロナだけなら何とかなるが、尖閣諸島周辺の不穏な状況や、はたまた多くの嫌悪感を撒き散らす捏…
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猫のつぶやき(やはり野におけレンゲ草)

 生まれ育った環境の中で、人はそれぞれが持つ資質を活かして成長していく。 小器のなかで人の手厚い愛情を受け、芸術作品で賞を受ける盆栽の松もあれば、大地を抱え込んで自由奔放に伸びゆく松もあるようにである。 樹齢何千年という屋久島杉も、樹齢1000年にもなろうかという盆栽の松も、一つの種から大地を目指したのだ。 「美」 という感覚…
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猫のつぶやき(歌を忘れたカナリヤ)

ブログを始めて、かれこれ10年目となる。私の人生を表現する方法として、これほど役立つものはかつてなかった。誰彼にではなく自分自身の今日在ることの実像の中に、日々浮かび上がった思いを編む事は、充実と希望、そして深い反省の中に自分を置くことでもあった。  始めたばかりの頃、毎日書いた。書くことでやっとその日に終止符が打てた。 1…
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猫のつぶやき(未来を繋ぐ梯子)

 「緊急事態宣言」も解除となった。これでやっと元に戻るということではなく、これを機に人の在り方や考え方など、一度リセットして、これまで気づかなかった自分の長短に、じっくり向き合うのも良いかなと思う。  ふり返れば、結構長い年月を生きたものだ。しかし、本当にそう思っている訳でもなく、何しにこの世界に誕生したのかさえ、今もって答え…
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猫のつぶやき(かきがらを捨てる)

 明治維新からわずか37年後に極東の小さな国日本が、軍事大国ロシアの南下を食い止めるために、多くの犠牲を出したにもかかわらず、奇跡ともいえる勝利をやってのけたのが、「日露戦争」である。 その戦に大きく貢献した四国松山出身の 秋山好古と秋山真之の兄弟のことが、鮮やかに描かれ、放胆であってじつに緻密であり、男の在るべき一つの規範的な存…
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猫のつぶやき(忍耐から得る)

今私たちが直面している新型コロナウイルスは、目に見えない敵と人類との戦争である。 それでも、どこかで楽観視する者も多く、死と向き合う危機感は感染者当人だけの実感であろうか。 目にした書物の中から、心に響いた箇所をメモっておく習癖があり、時に気の向くままに読み返してみる。その中に、今この時期だからこそ「ん?」と目を止めた部分をここ…
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猫のつぶやき(珍客)

夏目漱石の「吾輩は猫である」は、私が生まれる33年も前の処女作である。そして80年もの世の変遷を経て、この「吾輩は猫である」が、再び現実となったように、我が家へ猫がやって来たのである。 「吾輩は猫である。名前はまだない。」と言う冒頭の文章を地でいくように、唐突に現れたのである。 痩せていて警戒心が強く、何処から来たのか、毎日の餌は足…
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猫のつぶやき(テレビと言う恐怖)

十人十色という。それはそれで当然のことだと納得をするが、それにしても最近のテレビの放映では、どの局もあまり大差ないのはどうしてだろうか。それぞれの個性というものが感じられない。タレントが数人で旅をすれば、似たような事を別の局でもやっていると言う風で、製作者のあまりの創造力の無さに驚嘆そる。また、総じて全ての事に批判的な発言をする…
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猫のつぶやき(戦争)

D 世界中が新型コロナウイルスと戦っている。今まさに戦争である。 先の戦争中のことは、幼なかった私の脳裏に、70年以上の時を超えても思い出せることがある。記憶というのは、実に不思議なもので、火山の噴火でできた山が、長い年月の風雨で削り取られ、その芯をなすものだけが際どく残り、まるで元の姿とは違った形をしているように、余分な形容の…
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猫のつぶやき(待つ母へ)

 母さん、貴方の娘を今日そちらへ送りました。此方では突然のことで誰もが一瞬言葉を失ないました。時が次第に冷静をくれ、失意の中にも滞りなく葬送の義を終えました。そろそろ其方へ到着かと思います。あと少しで米寿を迎えるはずだった彼女も、母さんの元では年齢など何の差し障りもなく子供に違いなく、果てしない無限の世界で思いっきり褒めてあげてください…
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猫のつぶやき(希望・夢)

異常無しの診断結果は、私にもまだ未来があるのだと胸を張ることとなった。集団健診の結果を見るまでは、何かしらいまひとつ落ち着かないものだったが、やっと今日から厚い冬着を脱いだように春の陽射しが心地いい。 さあさあ、夢の続きを見よう。たかが知れている年寄りの夢、まともに口にすれば一笑に付されてしまいそうだが、心底大事にそれを繋いで…
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猫のつぶやき(生きとし生けるもの)

人間の心とは何なのだろう。何処にどのようにして私の中に棲みついているのだろうか。r 時に優しく時に激しく、あらゆる感情のバランスをとりながら、白黒、善悪、好き嫌いなどの判断を瞬時に区分けしていく。まだこの世に誕生して1歳の誕生日さえ迎えていない幼児でさえ、天使の微笑みを振りまく相手を選択している。 万物の霊長と人…
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猫のつぶやき(ダイヤモンドプリンセスと笹舟)

新型コロナウイルスの拡散もさることながら、曖昧な情報も又世界を一瞬にして覆い尽くす。高齢の域に身を置く私にとって、耳を傾け命の万全を図ることを素直に感じ入る。 ところで、「ダイヤモンド・プリンセス」がアップになったテレビ画面を見ていると、そのあまりの大きさに驚かされる。 全長290.00メートルで、後ろへひっくり返りそう…
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猫のつぶやき(梅観る日)

母さんが僕を連れ出したのか、僕が母さんをその気にさせたのか。意気投合して観梅と相成った土曜の午後である。雨上がりの空はいきなり澄み渡り、お出迎えのつもりか、肌を横切り気分を盛り上げる風は、正に春そのものである。 ああ、言いそびれました。僕は忠太郎と言います。我が家には、30年以上前にこの家のヒーローだった犬のピコちゃん、たった1年…
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猫のつぶやき(椿の花よ明日も咲け)

武家社会では、庭には決して椿の木は植えなかったという。首の落ちる様を連想させるのであろうか。椿の花が見事に咲ききった時、花は花のままで落ちる。その潔さと言おうか、哀れと言おうか、そっと手のひらで包んで 「ありがとう、とても美しかったよ」 と声をかけて送ることしかできない私のはがゆさである。毎日毎日庭の隅に集められた椿の花花は、…
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猫のつぶやき(時代と運)

時代環境が人をつくり、運がその人生を大きく左右していく。ガムシャラに働き、大きく道を踏み外した訳でもなく、自分の分際で生きてきたとしても、こじんまりとしたただそれだけの結果に納得するしかないのがおおかたの人の人生だと思う。 結果など思いもしなければ考えもしなかった日々。それを青春時代と言うなら、その時代こそが、自分の人生の…
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猫のつぶやき(日出づる国の立春の朝)

v 地球儀をくるっと一周回転させながら、日本という国の位置や大きさや人口などをふと考える。情報通信の目覚ましい現代にあって、遙かなる幻でしかなかった国々の人と暮らしまで鮮明な映像は教えてくれるのだ。地球の果てまで行った気にもさせてくれる。 地球儀をゆっくり回転させる。何と小さな日本。なんと可愛い日本。一億三千万の人生を背負って立…
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猫のつぶやき(メディアの怖さ)

たまにはテレビでものんびり見ようかとスイッチを入れた。お歴々が雛壇に並び、提示されたことにそれぞれが意見を言うのだが、実に口達者ではあるが、中には聞いているだけで不愉快になり、その人の人間性も嫌気がさす。大学の先生と言うから一層驚く。 女性の権利や不平等を主張するかと思えば、壇上の人たちの意見すら何でも可でも否定し、小馬鹿にしたよ…
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猫のつぶやき(令和2年)

松も取れ本格的な令和2年が起動する。いい年にするぞと下腹にぐっと力を入れてみる。 そうやって奮起を促す年の初めを何度繰り返してきたことか。具体的な人生の指針などあったのやらなかったのやら、今にして思えば実に曖昧でしかなかったようにも思えてきて、凄まじいほどに迫ってくる老いの現実に戸惑いを隠せない。 自分の人生なのだと、解ったような小…
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猫のつぶやき(English)

Once upon a time という英語を、やたら使ってみたい時期があった。ふと思い出してあの頃の自分を引き戻してみたくなった。どう見ても育ちのいい女教師が、once upon a time と流暢な発音で読み上げる英文は、美しく魅力的であったが改訳出来るほど予習も復習もしていない私は、教師の目をかわすこと必死だっ…
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猫のつぶやき(2019年よ・ありがとう!)

令和元年が暮れて行く。大晦日と、元日。24時間の差が人間の思いに大きな違いを作り出す。 いろいろあったけれど、何とかこうして大晦日まできたことに感謝と反省が錯綜する。365日間の区切りと思えば、おのずと来た道を振り返ってみる。 「今年は・・・・・・・・」 身の丈に似合わぬほどの夢を描き、歳を忘れたような希望を抱いた年の初めであった…
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猫のつぶやき(時間の無駄は出来ない)

2019年も終りが近ずいた。終ると言う言葉はどうも神経を刺戟する。これも年齢によるものでしかない。 世相や環境で感情は日々変化を繰り返し、些細な屈託だけが何時までも影を残す。 「人生五十年」と言われた時代も遥か昔となり、今は八十、九十は珍しくもなくなった。地球の誕生が45億年まえであり、私の誕生は80年余り前であり、年金暮らしの始ま…
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猫のつぶやき(ゴンに逢いたい)

「ゴン 母さんは今日この道を歩いて往復したよ」 ゴンが長い間通院した道の端には、小さな花を咲かせて一生懸命に生きている草木が、あの頃を思い出させてくれました。辛く苦しいゴンがケージの中からこの小さな風景を見る余裕など無かったのだと、今さらながら痛感し、自転車の後部で揺れながらじっと苦しみに耐え、治療への恐怖を母さんにだけしか聞…
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猫のつぶやき(図書館)

こもれびを追いかけるようにして席をかわり、雲の流れが止まりやっと今日の指定席を確保した。ガラス越しに見る図書館の周囲は、いつも見慣れた単調な風景だが、どこかしっとりとした懐かしさを感じる。 精神の集中が為せるせいか、街の喧騒を鮮やかに洗い落し、自分だけの思考の「場」であり「時」であることに、この上ない喜びを痛感する。 ぽつぽ…
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猫のつぶやき(うたかたの人生ならば)

鴨の親子はゆっくりと水面を移動し、時折 頭だけ水に隠しては餌をついばむ。その愛らしい仕草に暫し足を止めると、離れていた親子の距離はあっという間にひとかたまりになる。 飽きることのない風景は、その場を離れても尚私を暖かく包んでいた。人間の生きざまに、感動するほどの出会いも最近は減ってしまったが、他の生き物に関しては彼等がただそこに在る…
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猫のつぶやき( 今日という時 )

 小さな街の一角に新しい店舗が開店の運びとなり、秋の陽気に釣られ、これと言った目的の買い物があるわけでも無く出かけてみた。カートや籠が不足するのではというほどの盛況ぶりに、消費税アップのことなど、忘れてしまっていた。 開店サービスで割安のせいか、万札での支払い者が多く、なんだかんだ言いながら、食うに困る表情は見当たらなかった。…
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猫のつぶやき(何かがおかしい)

xある本の中に出てきた言葉に「人間の劣悪弱体」というのがあった。 つねずね自分の脳を駆け巡り続けている懸念にピタリと反応し、結局自分自身にロジカルな説明を課せることと相成ったのである。 最近、不快に思い少々疑問にも感じることが増え、歳のせいだと言ってしまうには合点がいかない。とまれここに表記してみよう。まずテレビ番組を指摘し…
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猫のつぶやき(パラダイス)

今日から11月である。月や年度が変わる度に思うことは、たいてい同じようなものだ。留まるところ実にシンプルで明解だ。 何処へ向かうかもわかり過ぎるし、その世界も人それぞれに想像し、あるやなしやの壁に突き当たっては先の事だとふっとひと息つく事のくりかえし。無駄なことだと戒めつつも、生きているからこその想像は、案外心安まる面もある。 …
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猫のつぶやき(人生はジグソウパズルに似て)

紅白の司会者が決まったことが、全国ニュースで流れることも当たり前の事だろうが、10月半ばでそれを取り上げると、時の流れのあまりの速さに驚怖を感じてしまう。若い頃は逆だったように思う。何かを待ち、いつも先へ先へと巡る月日に期待した。 新年を迎えることよりも、気忙しい年の暮れの生活風景に見る活気は、膨張したり収縮したりして…
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猫のつぶやき(まず一歩)

お洒落な喫茶店は今日もわたしを穏やかな気分にし、衰退した脳幹にわずかなりとも新鮮な酸素を送り込んでくれる。独りよがりの納得かも知れないが、ワンコインに満たない料金で得たこの空間は、アイパットと携帯電話だけの入ったバッグ一つが従者のごとく在るだけだ。 勝手知った我が家では、目をつぶってでもどこに何があるかが即座に判断できるし、だ…
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猫のつぶやき(今を生きる)

半世紀以上もこの街に住み、甘いも辛いも知り尽くすに十分な年月を経てきたのに、実は何一つ誇れる実証もない我が身の存在であることに唖然とする。 子育てというより、子に育てられたような頼りない親でもあった。「始めちょろちょろ中ぱっぱ」と言う飯の炊き方さえもおぼつかぬ、味噌汁の味も、薄い日や辛い日で一向に定まらず、舌が記憶している…
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猫のつぶやき(わたしの明日)

高齢者は、その日その時を楽しく暮らせるよう自ら努力をしなければとつねずね思う。生きていれば、憂うことの全くないと言う人はいないだろうが、生きていることの証しでもあるのだと、どこかで納得をしている。 織田信長が好んで謠い舞ったと言う 「敦盛」の 「人間五十年、天下の内を比ぶれば、夢幻の如くなり」 と言う名文句を脳の何処かが今も執…
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猫のつぶやき(無常ということ)

苗木から育てた名も知らない庭の木が私の背丈を超えるまでには、半世紀もの春秋を家族と共に味わったのである。 猫の額ほどの庭で、逞しく美しい姿を誇り、その場所で根を張り、風雪にもぐっと踏ん張ったのだ。 今年の夏は異常とも思える酷暑であった。その酷しさのせいか葉が一部分ずつ色あせていき、やがてひと枝ずつ枯れていくのです…
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